我々、転職アドバイザーの仕事の中心は面談とマッチング、そして次に多くの時間を割くのが転職活動者とのやりとりである。
選考が佳境に入ってくれば、一週間毎日電話で話したり、一日に何度もメールをやりとりするなど、一時的にせよ、かなり蜜に連絡を取り合うこともある。コミュニケーションの頻度が増せば、自然に感情的な結びつきも強くなる。
臨床開発:Kさん(29歳)と我々は、選考が進んだ二週間、頻繁に連絡を取りあうことになった。
Kさんへの連絡が多くなったのは、3社の選考が同時に進み、それぞれが他社に負けまいと色々な条件を提示してきたためであった。もちろん、待遇だけでなく仕事内容や勤務地も重要な要素。Kさんは慎重に各社の話を比べながら、我々と様々な話をすることになった。
Kさんは初回面談の時、警戒をしていたのか、キャリアのことばかりで、自分のプライベートについては何も語ろうとしなかった。それが二週間のなかで、恋人のこと、両親のこと、自分の趣味のこと、色々な話をしてくれるようになっていた。ビジネスライクだった彼のメールは、いつしか、ユーモアを交えたカジュアルなものに変わり、Kさんが我々との間に親しみを感じてくれているのが見て取れた。
ところが、いよいよ最後の決断という時になって、Kさんの状況が変化した。辞職届を出したところ、現職企業から強い慰留があり、転職を取りやめることにしたらしいのだ。
強い慰留があるのは予想されたこと。我々は早くから「相当強い引き留めがあるだろう」と予告していたが、Kさんは「自分の意志は固い」と繰り返していた。にも関わらず、現職に残ることにしたKさん。内定先や我々への気まずさもあったらしく、事実関係だけを伝える短いメールを最後に、連絡が取れなくなってしまった。
Kさんの気持ちを慮れば、それで終わりにすべきだったのだろう。しかし、我々にはそうできない事情があった。内定を出していたうちの一社が「どうしてもK さんを諦めきれない。どんな条件なら考え直してもらえるか、聞いてみて欲しい」と強い要望を出していたのだ。我々は何度かKさんに連絡を試みたが、明らかに彼は我々を避けており、ついに返信はこなかった。
頻繁にやりとりをしていたのに、パタリと連絡が来なくなる…、これは、しばしばあることで、アドバイザーは誰もが同じような経験をしている。無料でサービスを行っていることもあるのか、アドバイザーに「お世話になっている」と感じ、内定を辞退することに罪悪感を持つ方は少なくない。
「気まずい」と思ってもらえることは、ある意味、信頼してもらえている証しなのだと思う。我々に対し、一片のシンパシーもなければ、心の痛みもなく連絡を取り合える。躊躇してしまうのは、それだけ、人間的な関係が築けていた証拠だ。しかし、そのせいで連絡しにくい相手になってしまうのは我々としては不本意なわけである。
一度、完璧に音信不通になったKさんだが、半年後、再度転職活動を開始することになった。現職の会社が、慰留の時の約束を破ったからだ。もちろん、アドバイザーは以前の経緯など気にしていない。突然連絡がなくなるのはよくあることだし、彼が気まずいと感じた理由も理解できる。
しかし、Kさんは以前のアドバイザーに連絡をせず、あらためて登録しなおす形で我々にアクセスしてきた。いや、まったくの新規登録者を装ったわけではない。Kさんは転職に際し条件を出してきた。
「以前の担当アドバイザーの方に内緒で登録したい」
気持ちはわかるが、よりよい転職の実現を目指す上では、あまり得策ではない。そもそも、新しい担当アドバイザーは、以前の転職の経緯を前担当者から聞く必要がある。新しい担当がつくことでKさんには納得していただいたが、ここまで気に病まれてしまうのは、我々としては逆に申し訳ない。
何でも話してもらえるパートナーでありたい。しかし、同時にビジネスライクに付き合えるエージェントでもありたい。ふたつを両立するのは、なかなか難しいことである。
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