知らない世界に入っていくとき、道連れがいるのは心強いもの。それは転職も同じだろう。
Hさん(28歳)とSさん(27歳)は恋人同士。二人とも就職した会社のやり方に不満を持ち、連れだって転職セミナーにやってきた。エンジニアと企画、職種が違っていたために、別個に面談ブースへ入っていったが、気持ちは相通じていたようで、来る前はどうしようかと迷っていた転職活動のスタートを二人は互いに確認しないまま決断していた。
転職活動を始めて以降も、二人は強い結びつきを我々に見せつけた。
自分のことよりも、相方の動向が気になるらしく、Hさんは「彼女の方に新しい話はないですか?」と聞き、Sさんは「彼の書類選考の結果が今日出るって聞いたんですけど」と確認をしてきた。
恋人同士とはいえ、守秘義務の問題がある。「個人情報を他人に教えるわけにはいかない」と言うと、ふたりは揃ってむくれたような声で抗議をしていた。実際、電話連絡をすると、HさんとSさんはいつも一緒にいた。既に半同棲中といった状態だったのかもしれず、彼らにしてみれば、我々の杓子定規なやり方が不満なのだろう。が、そこはケジメというものである。
もっとも、互いに励まし合って、良い相乗効果を生んでいるのは我々にもよく伝わっていた。
Sさんが、最初の一次面接に失敗して落ち込んでいるのをHさんが勇気づけ、Sさんは「出来ると思っていても、面接で転職理由や志望動機を説明するのは難しい」と言って、彼氏を相手に面接の練習を始めた。その応対をするなかで、Hさんも自然に面接の勘どころを抑えたらしい、我々との面談では決して口上手ではなかったのだが、本番の面接では最初から高評価を得ていた。
二人は第一志望の会社こそ仲良く書類選考落ちになったが、それぞれの第二志望で良い流れをつかみ、選考の結果、同じ日に内定をもらった。
Sさんは転職が同時に決まったことを「運命的ですよね」と喜び、さらに二人は相談の上、入社日を同じ日にすることを決めた。
Hさんは言った。
「新しい会社に入った時に感じる色々な経験も、彼女と共有したいと思うんです」
「素晴らしいですね。これからも二人三脚で頑張っていって下さい」我々が応えると、電話口の相手は変わっていて、Sさんが「ありがとうございます」と返事をしたのだった。
Mさん夫婦は、揃って我々のところに相談に訪れたが、最初に転職へ前向きなのは奥さんの方だった。
既にネットや雑誌でいろいろな情報にあたっているらしく、「自分がいける会社としては、このあたり…」と、かなり具体的な話が彼女の方からあった。一方、旦那さんは「いいところがあれば」というスタンスで、我々が見せる資料も斜め読みをしているような状態であった。
当然、動きがあったのは奥さんが先。二社で同じ日に一次面接が決まり、その後も2社、3社と面接が組まれていった。ところが、条件や仕事内容が微妙にかみ合わず、二か月経ってもコレといった結果が出ない。
そうこうしているうちに、旦那さんの方が「試しに受けてみようか」と言っていた会社に書類選考が通ってしまった。実際に面接へ出てみると、これが予想以上に刺激的だったらしく、今度は旦那さんの方が、転職に強い意欲を見せるようになっていった。
旦那さんによると、先に面接をいくつかこなしている奥さんから色々アドバイスがあり、「家で模擬面接までやらされたんですよ」という話も。やはり二人で励まし合いながら、転職活動を乗り切っていくのだろうかと思われたが、奥さんの応募はパタリと止まって動かなくなっていた。
いったいどうしたのだろうと思っているうちに、旦那さんの方で内定・入社が決まった。
「いやあ、最初にお邪魔したときには『多分転職はしないんだろう』と思っていたんですけどね」
旦那さんは、給与アップの提示に満足げであった。
「ところで、奥様の方はどうなんでしょう?」と我々が聞くと、旦那さんもそう言えばという調子で
「相変わらずやりたい仕事が出来ていないようなので、いずれ転職すると思いますよ」と返事をした。
だが我々のところに、奥さんから応募の連絡があったのは、それから3か月後だった。
「すぐにでも転職したいというお話だったのに、だいぶ間が空いてしまいましたね。お忙しかったのですか?」
我々の質問に奥さんは言った。
「それもありますが、夫の方で転職が決まってしまったので。二人同時に転職が失敗したら、我が家は路頭に迷ってしまいますから」
なるほど、お互いに励ましあいながら一緒に転職するのが恋人らしければ、リスクを考え時期をずらして転職するのは夫婦らしい考えである。
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